ライオンは、家族愛の象徴。
この場合の「家族」とは、身近にいる人たちのこと。
ライオンに出会ったり、映像や文字を目にしたときは、身近な人を大切にしましょうというメッセージ。
また、広い意味で、身近な人と家族のように接しましょうというメッセージでもあります。
派生して「自分のことばかり考えていてはダメですよ」という注意を促している場合もあります。
周りすべてに利益がもたらされる、ハッピーになることを考えると、うまくいきます。
動物と人生の意味、密かにリクエストがありました、カエル。
このブログを見るたびに見さされてしまう、カエル。
見えないものの重要性をあらわすシンボル。
見えないものに対するイライラや怒り。
それから、見えないものに対する恐怖など。
カエルを見たときは、見えないものと感情のつながりを見つめ直すタイミングです。
ただの幻想や幻覚といった、いわれのないものごとや感情にとらわれている可能性があります。あるいは、つかみどころのない夢に惑わされて、現実がおろそかになっている場合など。
それから、真実が見えていないときも、シンボルとしてカエルを見ることがあります。
そして、価値のないことにとらわれている可能性もあります。
見た目だけにとらわれずに、本質を見極めましょうというメッセージです。
ちなみに、ひきがえるの分泌液、センソは、幻覚作用があるとかないとかいわれたりいわれなかったり。いわゆるがまの油ってやつですね。
欧米には、トードリッキングといって、カエルから分泌される毒を直接舐めて、幻覚を楽しむというのがあるとか、ないとか。
でも、たぶん、特別な舐め方があるはずです。
そのまま、直接に舐めると、たんにのどと舌がしびれて、呼吸困難になります。ぜんそくみたいな。
注意しましょう。
動物と人生の意味、リクエストのあった、スズメについて。
スズメは、犠牲の象徴。
スズメを見たときは、なにかしら犠牲を払うタイミングにきています。
言い換えると、なにかを得るために、なにかを手放すとうまくいくということ。
まぁでも、犠牲というからには、なにかしら痛みをともなう可能性もあります。かんたんには手放せそうにないことを手放す必要があるタイミングだということです。
大量のスズメを目にしたときは、いわゆる、人生のターニングポイントってやつです。
久々、動物と人生のスピリチュアルな意味。
鳩(ハト/はと)。
ハトは、いわずと知れた、平和の象徴。
別の側面のキーワードは、虚無、空虚、無目的。
ハトを観たときは、存在と行動のバランスをとることを意識するとうまくいきます。
飛んでるハトを観たときは、存在と行動のバランスがとれています。
最近は少ないのかもしれませんが、なんやかんやの式典でハトを飛ばすのはそういう意味です。平和でありながらも、行動するということ。だから、ハトをわざわざ飛ばします。モニュメントとしてハトを置いておくのではなく、わざわざ、飛ばす。
飛んでいないハト、あるいはまったく動かないハトを観たときは、目的はさだまっているのに、行動していないときです。
たとえば、あれこれむずかしく考えて、飛ぶ準備に時間を使いすぎているようなとき。
伝書鳩といわれるように、ハトは高度なレーダーを持っていて、目的に向かって飛び立つ習性があります。
式典のオープニングで扉を開けたのに、ハトがじっとして動かない・・・なんてことがあると、かなり寒い空気がただよいそうです。
動物(実物以外にも写真・置物などを含む)との出会いは、人生にたくさんの氣づきをもたらしてくれます。
小学生のときにハチに刺された記憶が急によみがえってきたので、今回取り上げるのは、ハチ(蜂)。
ハチとの出会いは、「注意深くありなさい」というメッセージがあります。細部にまで目を配ることで人生がひらけます。あるいは、逆に、細部まで注意深くなければ、トラブルに巻き込まれる可能性がある・・・という暗示でもあります。
ハチは、たいてい、一度攻撃的になると、話し合いには応じません。一度、身の危険を感じると、とにかく躊躇せず、攻撃してきます。
ただし、弱るか、刺すかすれば、攻撃は終了します。よく知られているとおり、ハチのエネルギー効率はとても高いので、かなり粘り強く攻撃してくることが考えられます。
進行中のプロジェクトなどがある場合は、いつも以上に、注意深くすすめるといいでしょう。
ハチの大群をテレビや本で見た・・・などの直後に起こるしごとやプライベートのトラブルは、とにかく逃げるというのも1つの手です。まんがなどでよくあるように、不意にハチの巣を攻撃してしまって、ハチの大群から襲われたときは、とにかく逃げるが勝ち・・・ということもあります。
また、まったく別の面では、「感謝に注意をむけて、ものをたいせつにする」といいでしょう。たとえば、感謝するのを忘れてしまうくらい気に病んでいることがあるかもしれません。なにかにわずらわされて、感謝どころじゃないという毎日を送ってきたかもしれません。
そういう場合は、「わずらいごと」を手放していいタイミングです。十分に成長したので、そのことについて、あーだこーだ考え、わずらわされなくてもいいよ・・・というサインです。
といっても、急に、手放せないこともあるかもしれません。手放す意識と同時に、「そんなことより、感謝できるようなことを生活の中で、自分で増やしていこう」と考えを切り替えるといいでしょう。
食事の好きな人は、ちょっと贅沢しておいしいものを食べにいくとか。前から欲しかったものを買ってみるとか。自分自身の英気を養って、「あぁ、本当にありがたいなぁ」としみじみ思える瞬間づくりをしてみるといいでしょう。
動物を見かけたり、あるいは動物の写真やイラスト、それから動物の名前を目にするというのは、人生にとって大切な意味があります。
ディズニーアニメや多くの映画、小説、寓話などでは、各種動物をなにかの象徴として描いていることがあります。なんの意味もなく、登場動物がキャラクターづけされるということはありません。
たいてい、人は、動物の意味やシンボル性を無意識に理解して、小説やアニメなどに登場させていますが、大規模な作品になると、動物をシンボルとして戦略的に用いられることもあります。
たとえば、映画にカラスが出てくると、なにか不吉なことがありそうだ・・・と無意識に感じたりします。シカが出てくると、なぜかのどかな感じ、雄大な感じがするのではないかと思います。
外面で起こっていることというのは、すべて内面が投影された現象ですから、意味もなく目にすることや意味もなく起こるできごとというのはありません。これが一時期流行した「偶然はなく、すべて必然」といわれるゆえんです。
ですから、おなじように、意味もなく、動物と出会うということもありません。スピリチュアルな側面から観れば、「わたしたちは、必要があって、動物に出会わされている」とも考えられます。とくに動物は物や植物などにくらべると、比較的柔軟に移動できる存在です。
適切なタイミング、適切な場所で出会いやすい存在だといえます。
この話をコーチングやセミナー中にすることがあるのですが、「もっといろんな動物の意味を知りたい」という声が多かったので、ここで少しずつまとめることにします。
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