あなたの才能を求めているのは、あなた以外の人である。
あなたの才能の発揮を求めているのは、あなたである。
そして、あなたが欠点であると思っていることは、
たいてい発揮されていない才能のことをいう。
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あなたの才能を求めているのは、あなた以外の人である。
あなたの才能の発揮を求めているのは、あなたである。
そして、あなたが欠点であると思っていることは、
たいてい発揮されていない才能のことをいう。
投稿情報: Kenji | 01:50 カテゴリー: 1.スピリチュアルな人生 | 個別ページ
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ときに、自分の問題を解決するには、目の前で困っている人の問題を全力で解決することが何よりも近道であることがあります。
そして、ぎゃくもまた真です。
ときに、他人の問題解決を支援するには、自分の目の前の問題を全力で解決することです。
他人の問題解決が得意な人は、たまには自分の問題解決に目を向けること。自分の問題解決に夢中になる人は、たまには、他人の問題解決を支援すること。そうすることで、人生のバランスがよくなり、クオリティが上がります。
投稿情報: Kenji | 03:09 カテゴリー: 1.スピリチュアルな人生 | 個別ページ
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『こころのチキンスープ』というベストセラーになった本の著者は、瞑想しながら「超ベストセラーになりそうなタイトル」と400回唱えてこのタイトルを思いついたそうです。
とても興味深いです。「なりそうな・・・」というのが。「ベストセラーになるタイトル」ではなく、「なりそうなタイトル」と400回となえたところが、なんともおしゃれな感じがただよってます。
たしかに、「ベストセラーになるタイトル」と繰り返すより「ベストセラになりそうなタイトル」といったほうが、楽しい感じがつたわってきます。必死感がないというか。
繰り返していて、だんだん楽しさが強化されてくるという文をつくるのも、成功へのコツかもしれません。
「年収1億円になりそうな人生」「年収1億円になりそうな人生」・・・。ま、人によって、楽しくなってくるかどうか、わかりませんが。はちまき巻いて、年収1億円!と叫ぶより、よほど楽しそうです。
投稿情報: Kenji | 23:47 カテゴリー: 1.スピリチュアルな人生 | 個別ページ
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なりたい自分、かなえたいことがあったとき、それを手にする以前にそれを手にしたかのようにふるまうことが効果的だといわれています。必要なものが手に入るとは限りませんが、あなたにふさわしいものがいつも手に入ります。
それで、まるでそれをもう手にしたかのようなこころのあり方へもっていくために有効なのがアファメーションだといわれています。「わたしは、お金持ちである」とか「わたしは天才である」とかこうありたいと思うこお、あるいは欲しいと思うものを手にしている自分をことばにします。
このアファメーションをこころで口ずさむとき、こころの声によーく注意をむけます。「わたしは天才である」とこころで口ずさむとき、こころに注意を向けていると「ではない」という否定的なことばが出てくることがあります。
これが出てくるようだと、どれだけアファメーションを口ずさんでも、ほとんど効果が期待できません。「わたしはゆたかだ」とアファメーションしながら、貧しいまま・・・なんてことが起こります。
そんなときは、アファメーションをちょっとあいまいにすること。NLPでいうところのミルトンモデルを用いてアファメーションを作成することです。
「わたしは、月収300万円以上を得ている実業家だ」とか「わたしは年間3ヵ月以上の休暇を過ごしている実業家だ」とかです。
どういうことかというと。「300万円以上を得ている」というのは、あたかも過去に進行していた事実のように感じます。そして、「実業家だ」というのは、状態をあらわしています。そうすると、人はいつのことか、現在進行しているのはどんな状態なのか、いまの状況はどうなのかといったことが理解しきれずに混乱します。
この混乱がこころの否定をやわらげてくれます。「ようわからんけど、とにかく、300万円以上稼いでいて、実業家なのね」と受けとりやすくなります。
「わたしはトイレを磨いている金持ちだ」とかも、混乱を引き起こしやすくて効果的です。あとは、「わたしはおちゃめな金持ちだ」とかもありです。ようは、こころの声に否定的な氣もちを差し挟めないようにするのがポイントです。
投稿情報: Kenji | 00:56 カテゴリー: 1.スピリチュアルな人生 | 個別ページ
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感情のセットポイントと、ステート(心と体の状態)コントロールについてやりました。基礎的な用語について説明することなく話がすすめらるので、わたし的にはとても楽しかったです。ありがとう。
投稿情報: Kenji | 23:05 カテゴリー: 1.スピリチュアルな人生 | 個別ページ
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『史上最高のセミナー』
マイク・リットマン (著), ジェイソン・オーマン (著), ジム・ローン (著), マーク・ビクター・ハンセン (著), ジェイ・コンラッド・レビンソン (著), ジャック・キャンフィールド (著), ロバート・アレン (著), シャロン・レクター (著), マイケル・ガーバー (著), 河本 隆行 (著)
ジム・ローン、マーク・ビクター・ハンセン、ロバート・アレンなど、富と成功の達人をインタビューしたものが本になってます。ありふれた成功法則の話しですが、インタビュー形式で「熱」が感じられます。読んでいるだけで、富と成功を手にしてみたくなります。
「お金持ちになるのもわるくないじゃん」と普通に思わせてくれる効果があるのではないかと。富と成功を手に入れられない大きな理由の1つが「お金持ちになると難儀そうだから」ということがあると思います。この本は、おそらくそういった壁を取り払ってくれるのではないでしょうか。
NLPの前提の1つ「すべては肯定的意図によって起こる」ことを考えると。十分な富を手に入れないには、それなりのメリットがあるということ。そして、十分な富を手に入れることのデメリットを恐れているということ。
あなたが富を十分に得ることで起こりそうな不都合はなんですか?
あなたが富を十分に得ないことで受けているメリットはなんですか?
それぞれ、キーワードをリスティングしてみては、いかがですか。リスティングができたら、ここからが肝心です。リストを見ると、いま得ている富がどれほど妥当かということがわかります。富を得ることで起こりそうな不都合を避けて、富を得ないことで得ているメリットのバランスがとれた富がいま手には入っているはずです。
ここが、重要な出発点です。「自分が欲しいと思っているものだけを得ている」ということ。自己責任だということに氣がつけば、どんな変化も起こすことが可能です。
そこで、十分な富を得たいなら、十分な富を望むことです。それは、富を得ないことで得ているメリットを手放すこと。そして、富を得ることで起こりそうな不都合を克服すること。
お金持ちになることで、ねたまれたり批判されたりするのがイヤだとしたら、それなりの富を受けとります。もっと十分な富を得たいと思ったら、ねたみや批判について智慧を磨き、対処が必要なことがあればその能力を磨くことです。
十分な富を得ることで起こりそうな心理的不都合の多くを解消してくれる1冊だと思います。↓↓↓
投稿情報: Kenji | 22:10 カテゴリー: 1.スピリチュアルな人生 | 個別ページ
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急ですが、NLPマスタープラクティショナー修了生のワークショップが決定しました。2008.5.25 17:30〜19:30 渋谷会場 参加費無料 です。マスタープラクティショナー修了生の方は、ぜひぜひご参加ください。
マスタープラクティショナー修了生が、NLPの知識を深めたり、現在の問題を解決したり、新たな氣づきをシェアしたりする集まりです。
投稿情報: Kenji | 20:59 カテゴリー: 1.スピリチュアルな人生 | 個別ページ
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10回でいいと思ったら11回やる。
わたしのモットーです。これも、わたしの富のメンターから教わったことの1つです。メンターいわく、10回で充分だと思ったところを20回もする必要はないとのことです。あなたの時間、労働、富、なんでも、どんなときでも人やものごととかかわるときには10回のところを11回やりなさいとのことです。でも、この1回ですら、忘れてしまうことがあります。
メンターは、「道を聞かれたら、少し、大通りまで出て説明してあげなさい」といいます。そして「いくら親切でも、目的地まで一緒に行くのは、たいてい迷惑になります。」ともいいます。
ホテルでお手洗いの場所を聞いたら、トイレの入り口まで案内してくれることがあります。だけど、トイレの中まで就いてこられたら、たしかにちょっと迷惑です。筋トレでもおなじですね。10回で、もうむりかもと思った次の1回が理想的な筋肉を形成します。
その1回が、今の自分を超えさせてくれます。
このメンターがすばらしいなぁと思ったのは、つぎのひとことです。「その1回を、自己顕示欲に捧げてはならない」ということ。
自分の能力を誇示するために、1回余分にやってもなんの役にも立たないんだそうです。たしかに。そのメンターは、スピリチュアルなかたなので、こう表現してくれました。「その1回は、神に捧げなさい」と。「そうすれば、あなたは、また一歩、神に近づく」。
そして、笑いながら言ってくれました。「神に捧げるのがイヤなら、宇宙に捧げなさい」と。
メンターのおしゃべり好きはつづきます。「考えてごらん。10回プラス1回だよ。11回のうち、1回を神に捧げるんだ。だから、つねにこころがけなきゃいけないあなたのプラスアルファは、0.9割でいいんだ。あなたの富の1割を神に無事届けられるほど、あなたはまだ神に近づいていない。あなたの富の1割を宇宙に捧げられるほどあなたはまだ宇宙と深くつながっていない。だから0.9割を11年つづけるつもりで生きてごらん。そうすれば、あなたの手にする9割の富を神に捧げても、あなたは有り余るほどの富を手にすることになるよ。」
投稿情報: Kenji | 08:16 カテゴリー: 1.スピリチュアルな人生 | 個別ページ
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わたしのあるメンターがむかし、こう教えてくれました。
自分の最も学ぶ必要のあることを人に教えなさい。
そして、わたしは、
・ゆたかさ
・信頼
・慈愛
・しあわせ
・受容
・赦し
を学びつたえる。
その氣もちは、いまも、その当時も変わっていませんが、いまから思えば、このことばの重みをすごく感じます。
その当時を振り返るに、きっと、なんとかして奪ってやろうと必死だったのかもしれないと思います。成功の秘密を学べば、成功できると思っていたのかもしれません。自分ではそんなつもりじゃなかったですが。そのメンターから見れば、秘密をだれかから、なんとか奪いたいと躍起に見えたのかもしれません。
いまでも完全なオープンマインドではないですが、その当時のわたしに、もっとこころを開きなさいとそのメンターは教えてくれたんだろうと、いまでは思います。でも、そのときは、そんなことまでわからず。
きっと、入り口より、出口を広げなさい・・・と。奪うことより、教え伝え広めることにこころを向けなさい・・・といわれているような。
そのメンターは、いろんなことを見抜いていたんだろうなぁと思うと、ちょっと恥ずかしい氣もします。いまでは、本当にありがとうって思います。
投稿情報: Kenji | 21:23 カテゴリー: 1.スピリチュアルな人生 | 個別ページ
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シンクロニシティとは、かんたんにいうと、偶然とは思えないような偶然の一致のこと。だれかのことを思っていると、その人から数年ぶりに電話がかかってきたりとかそういった「あらまぁ、偶然とは思えないわねぇ」なこと。しかも、その偶然が未来のできごとと関連していたりすると、なおシンクロニシティっぽい。
ゆたかさを手にするには、このシンクロニシティに敏感である必要があります。まちがっても過敏であってはだめです。過ぎたるはおよばざるがごとし。
いままで、わたしが読んだ本のなかで、ゆたかさを手に入れるためにシンクロニシティに注意を向けることがなぜたいせつなのかを説いた本はありませんでした。ので、ここでご紹介を。
ゆたかさを満喫するためにシンクロニシティに注意を向ける必要があるのは、なぜだと思いますか。
わたしの知るかぎり、明確な理由があります。
偶然の一致を自分にとってたいせつなものだと認識しないと役立てることができないから・・・とか、偶然というひとことで済ませると価値がないから・・・とか。そんなことではありません。
偶然はなく、すべては、必然だから。これも、ゆたかさとシンクロニシティが関連しているという理由にはなりません。
どこで、だれのお世話になっているかわからないから。です。
たとえば、「恋が成就する鏡」を買ったとします。しばらくして、すてきな恋が成就したとして、このとき、「偶然にも『恋が成就する鏡』を買ったなぁ、ありがたいなぁ」とならなかったとしたら。。。この鏡はその人にとってなんの価値もないものです。忘れ去られたものです。
だれかのことを思っていたら、その人から電話が。このとき、シンクロニシティということに注意を向けられると、思いと思いがつながります。あの人も自分のことを思ってくれて電話してくれているんだと思えます。そうでなければ、たんにAさんから電話がかかってきたということだけで終わってしまいます。
思いのつながりもなければ、感謝もありません。
急にたいせつなお客さんが家に来ることになったけど、いま、家にいないとしましょう。そして、考えるに、部屋がちょっとちらかっているので、氣になります。大急ぎで、家に帰って掃除をしようと思って帰ってみると、めずらしく娘がきれいに掃除をしてくれていました。
「あら、偶然やなぁ。めずらしいこともあるもんやなぁ」で終わらせてはもったいない。掃除をした娘も、これでは少なからずがっくりです。偶然にも、掃除がとても必要だと思える日に掃除をしてもらえていたんですから。
もう少し、拡大解釈してみましょう。
あなたの乗る車にエアバッグがついています。衝突事故がなければ、一生、作動しません。偶然にも事故にあって、エアバッグが作動したとします。この場合、たいては偶然とは思いませんが、事故が起こる道を走っていたのも、その車に乗っていたのも、エアバッグがついていたのも、エアバッグがちゃんと作動したのも、それらがすべて滞りなく起こったのは偶然といえば偶然、かなりの偶然です。
あなたの生にどれだけの奇跡や思いがあたえられているかに注意を向けるチャンスです。
いろいろな思い、こころづかい、作業など、見えないことがたくさんあって、わたしたちにアウトプットされているのは、ほんの一部だと思います。パラシュートの話が有名です。「脱出用パラシュートがちゃんと開いてわたしの命がすくわれたけれど、そのパラシュートの整備を誰がしていてくれたのかは考えもしなかった。」だれがわたしのパラシュートをどんな思いで整備してくれているか、永遠にわからないこともあるでしょう。
つまり、知らず知らずにわたしの命を救ってくれていることや、人生を拡大させてくれていることがあると思います。おそらく、命を救ってもらえたとも氣づけないこともあると思います。感謝しようにも、感謝すべきポイントが見えないということがたくさんあると思います。
レストランで出てきた料理にどれだけの手間がかけられていて、どれだけの思いが込められているか、そのすべてを知るのはむずかしいです。わたしたちにあたえられているものは、すべてできあがった料理です。
ときに、「あぁ、これが食べたかったんだ」と思う料理が出されるときがあります。これがシンクロニシティ。そのとき、この偶然の一致には、はかりしれない思いと作業と愛とが連なっていることに氣づくこと。どこのだれが、どんな思いでこの料理をつくってくれたのか、はかりしれないけれど、あぁ、本当にありがとう。
これがゆたかさの1つではないのかなぁと思います。そして、この注意深さと思いやりが、つぎつぎとゆたかさを招いてくれる。
投稿情報: Kenji | 00:59 カテゴリー: 1.スピリチュアルな人生 | 個別ページ
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ゆたかさは無限にあるとはよく聞く。
しあわせはいつも内にあるとはよく聞く。
だれもが成功できるとはよく聞く。
そして、しあわせとゆたかさにむけて頑張る。
だけど、1ヵ月、2ヵ月、半年もしたら、信じられなくなる。
こんな経験、ないですか。
これを、成功の大掃除と呼んでます。わたしが勝手にそう呼んでます。本を読んだり、セミナーに出たり、成功者の話を聞いたりして、やっぱり自分もしあわせでゆたかになろーと思うと、かならず、それをくじくような邪魔が入る。
だれもがゆたかになれる世の中じゃないよ。なにバカなこといってんの。なにかに騙されてるんじゃないの。そんなことばを周りの人から聞かされる。
これ、なにかというと、他人が自分のこころの内を代弁してくれてるだけです。あなたのしあわせとゆたかさを邪魔する他人のことばや障害は、あなたのこころの声です。
たとえば、「よし、起業するぞ」と思ったとします。たいていの場合、「そんなの成功するはずないよ」とか「失敗したらどうするの?」とか「もうちょっと考えたら」という意見をもらうことになります。
考えられる原因は、「あなたが無条件に他人を応援してこなかったこと」や「あなた自身が失敗を恐れている」といったことです。
自分がしあわせやゆたかさに向かおうとするときに、邪魔が入ったと感じたら、できることは、2つ。「たしかに、失敗するからやっぱりやめておこう」と思うか、「この邪魔は、わたし自身の氣もちをあらわしてくれているんだから、自分を信じてやっぱりしあわせとゆたかさを手にしよう」と思うかのどちらかです。
やっぱりしあわせとゆたかさを手にしようと決意したら、この段階で効果的な行動は、「他人のしあわせとゆたかさを信頼し、祝福し、応援する」こと。
思考が現実になったり、ゆたかさは充分にあったりなどなど、成功法則はいくつかあります。自分なりの成功をおさめた人の多くが信じていることです。けれど、なかなか、思考が現実になると信頼した行動がすぐにはできなかったり、ゆたかさが無限にあるようにふるまえなかったりすることがあります。
わたしがセミナーでいろんな人に出会ってきた経験から考えると、日本人の多くは、真実を見きわめるのがとってもうまい。けれど、いざ、自分のこととなると、ひかえめになるようです。
だから、ゆたかさが無限にあるようにふるまうことも、思考が現実になるかのようにふるまうのも、ちょっと遠慮してしまうのではないかと思います。だけど、ゆたかさが無限にあることや、思考が現実になるといった成功法則を信じていないわけではない。
そこで、他人のしあわせとゆたかさを祈ったり、信じたり、応援したりすることには、比較的抵抗がないのではないかと思うんです。
だから、しあわせとゆたかさを目指してはいるけど、すぐに反対意見にであって落ち込んでしまったときやそのことを疑いそうになったとき、他の人のように自分は成功できないんじゃないかと思ったときは。
自分に「ゆたかさは無限にあるんだ!」と必死に説得しようとしないことです。そして、まわりのおなじようにしあわせやゆたかさを目指している人をあたたかく応援すること。そうすると、自分のこころのなかで、信じる氣もちと、疑う氣もちの葛藤を乗りきりやすくなると思うとか、思わないとか。
投稿情報: Kenji | 17:31 カテゴリー: 1.スピリチュアルな人生 | 個別ページ
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不器用でまっすぐ生きる。
不器用だけどまっすぐ生きるのでもなく。
不器用でもまっすぐ生きるのでもなく。
そして、器用に生きるのでもなく。
不器用でまっすぐ生きる。
投稿情報: Kenji | 20:59 カテゴリー: 1.スピリチュアルな人生 | 個別ページ
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愛する価値
と
愛される価値。
投稿情報: Kenji | 23:00 カテゴリー: 1.スピリチュアルな人生 | 個別ページ
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以前、自分が何者であるかの記憶が急になくなったら・・・ということについて書いたことがあります。2冊目の本の原稿を書きながらそのことを思い出しました。
いま、なぜ、自分がパソコンに向かって「しあわせでゆたかな人生」について文章を書いているのかという記憶がなくなったとしたら・・・。たぶん、ちょっとは考え込むかもしれないけど、きっとすぐにつづきを書き出すんじゃないかなぁと思いました。出版するために書いているのかとか、出版社は決まっていたんだろうかとかは氣にならなくもないですが。最終的には、そういう疑問は些末なことのように思えて、また、つづきを書き出すように思います。
セミナーの途中で、記憶がなくなったら、たぶん、そのままのいきおいでセミナーをリードすると思います。もしかしたら、受講者として参加しているセミナーだったとしても、「これは俺がワークショップリーダーだったんじゃないか・・・」と勘違いしてセミナーをすすめてしまうという失態をおかしてしまいそうです。
そして、商売について、お金儲けについて、自分らしさについて、武道について、しあわせについて、ゆたかさについて学んだり表現したりしていくような氣がします。そう考えると、いまの自分は、大好きなことができていて、おおむねしあわせでゆたかなだなぁと思います。
投稿情報: Kenji | 05:37 カテゴリー: 1.スピリチュアルな人生 | 個別ページ
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NLPプラクティショナー、マスタープラクティショナー(土日コース)のお申し込み受付を開始しました。プラクティショナー受講者のみなさんには、あらためてお知らせメールを配信しますが。ブログにて、先にお知らせです。お会いできるのを楽しみにしてます。
さて、いま、2冊目の本『しあわせとゆたかさ』について執筆中です。感情のセットポイントというのがあって。かんたんにいうと、安心→期待→ちょっと不安→めっちゃ不安→恐怖→狂乱→無痛→・・・などのように、快から不快までの段階でいろんな感情があるということ。
期待、希望、安心、不安、恐怖、無痛などで、どれがもっとも不快で、どれがもっとも快かは人によって判断がちがうところですが。わたしが思うに無痛という状態は相当不快でありながら不快でないやっかいな段階だと思ってます。
すくなくとも、無痛状態は、内にエネルギーがこもってしまって、もっとも疲れる状態です。無痛状態の人より、恐怖を感じている人のほうが元氣です。
無痛とか狂乱の状態の人が無理矢理、「世界は安全でゆたかだ」というアファメーションを信じようとしてもむずかしいということがあります。そういうときは、「わたしは恐怖を感じているかもしれない」とか「わたしはおびえている」とかいったアファメーションが効果的です。
「あぁ、たしかに怖がってるなぁ」と思えたらしめたものです。つぎは、「わたしはちょっとだけ恐いかもしれない」といってみます。そして、「う〜ん、なんだか不安だ」→「ちょっと不安だ」→「もしかして不安かも」→「期待している」というように段階的にアファメーションを受け入れていきます。
お金持ちになるには、親子関係を解決しないといけないとよくいわれます。親族で継承する会社が3代以上つづかないといわれてるのは、この関係の解決が容易ではないからです。ポルシェも親族経営を手放しています。
世界的企業で財力も地位も名誉もありながら、親子関係の改善が容易でないのは、どういうことでしょう。「お父様、お母様なんて、だいっきらいだ〜」と言わないからだと思ってます。年商100億円以上の会社の父(会長)と息子(社長)を知ってますが。親子共々にフラストレーションをかかえています。
段階的アファメーションを取り入れないから前にすすまないのではないかと推察します。わたしがとっても貧乏だったころ、「わたしはゆたかだ!」といっても現実はなにもかわりませんでした。「金持ちになりた〜い」と叫んでもかわりませんでした。
「わたしは、貧しい」といってから、ゆたかさに変化があらわれました。母親との関係も「わたしはあなたが嫌いだ」といってから良好にすすみはじめました。
アファメーションは、まずは、現状もしくは現状よりちょっとましなことを選択するのがコツではないかと思います。
投稿情報: Kenji | 22:32 カテゴリー: 1.スピリチュアルな人生 | 個別ページ
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究極の心地よいコミュニケーションの考え方はいろいろあると思いますが。なかでも1つ重要なことがあるとしたらなんでしょう。そして、コミュニケーションの目的もさまざまありますが、究極の目的を1つといわれたら、なにになるでしょう。
思いやりを持って接したり、相手の価値観を受け入れたり、信頼を深めたり・・・心地よいコミュニケーションをとるためのスキルやコツはさまざまあります。それでも、ときには、傷ついたり、失敗したと感じたりすることがあるかもしれません。
よかれと思ったことでもぶつかるときもあります。そんなとき、なにがあれば、傷つかず、傷つけず、心地よく、ちからづよく生きられるのでしょう。
究極に心地いいコミュニケーションの心構えを1つといわれたら、わたしはこれをあげるかなぁ。
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運命を信じること。
コミュニケーションの究極の目的は、
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自分が何者かということを、体験をとおして知ること。
運命を信じるというのは、どんなことをしても、あるいはどんなことが身の回りに起こったとしても、それが最善であり、自分が望んでいたことであると知ること。もう少し軽めにいうと、自分にはそれほどわるいことは起こらない・・・と楽観的になること。
どうしてかというと、人生とは、自分が何者であるかを、体験をとおして知ることだから。そのために生きているのだとしたら、そのために必要なことしか起こらないはずだから。
そして、つまるところ、すべてが究極のコミュニケーションです。
投稿情報: Kenji | 06:30 カテゴリー: 1.スピリチュアルな人生 | 個別ページ
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駆け込み乗車しようとして、しまりかけのドアにぶつかって列車とホームのすき間にスポッと落ちた人を見たことがありますか? わたしは、今日で3回目の目撃です。過去2回は雨の日で足下がすべりやすい日だったのですが、今日は足下はぬれていませんでした。
東京のホームではよくあることなのか、わたしの目撃回数が多いだけなのか、どっちなんでしょう。教えてください。それにしても、そのあと、ホームに、よじ登ってきて普通にその電車に乗るおっちゃんは、すごいっと思いました。
というか、落下したおかげで、6分ほど遅延。なら、5分あとの次の電車に乗ればいいやんっと思ったとか思わなかったとか。
そして、前日に、五行でわたしの生まれは「木の木」といわれるカテゴリーで、成長欲求が高くなりすぎやすい性質だと聞いてました。なんだか、それを思い出して、「とびらが閉まりそうだからってあわてると、落下してしまうよ。次のでゆっくりいきなさい。」といわれてるのか? と思ったとか思わなかったとか。
NLPプラクティショナー土日コースがスタートしました。今回も、すてきなメンバーが集まってくださいました。ありがとう。10日間、よろしくどーぞ。
投稿情報: Kenji | 19:56 カテゴリー: 1.スピリチュアルな人生 | 個別ページ
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今日、あなたは、自分のどこをほめましたか?
どんなことにありがとうといいましたか?
どんな美しさに氣づきましたか?
だいたいにおいて、どんな人でもネガティブな面よりもすてきな面のほうが圧倒的に多いから、ネガティブな面が目につきます。圧倒的というのがポイント。どう考えても、否定したくなる面よりもすてきな面のほうが圧倒的です。
なのに、反省、自己批判なんてもったいないです。そんなひまがあったら、自分のすてきな面を愛でましょう。美しいものを美しいと感じましょう。自分自身が神聖な存在だと認めましょう。そして、神聖な存在としてあつかいましょう。
と思うのです。
投稿情報: Kenji | 21:17 カテゴリー: 1.スピリチュアルな人生 | 個別ページ
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なんどか紹介していますが、わたしが2歳のとき、父が亡くなって。それ以来、数年、とあるところにあずけられていました。そのとき、よくいわれたのが「おまえのせいで自由に出かけられない」「おまえを預かっているせいで不幸だ」とかってこと。
その当時は、ほんとすんませんって感じでした。自分の子どもを育てるのもたいへんなのに、ほかの子をあずかって、さぞ大変でしょー、と申し訳なく思ってました。
それはまぁいいのですが。成長して、あることが起こり始めました。友人やたいせつな人たちから、ときどき「あなたのせいで・・・」といわれることが多いことに氣づいたんです。はじめは、「そう申されましても、それは俺のせいじゃないっすよ」と思っていたんですが。
あまりにもいろんな人からいわれるので、19歳のとき本当にイヤになりました。それで、いろいろ本を読んで調べました。なにをどうすればこのストレスから解放されるのか。
それで、知ったのが。
自分の望んでいることが現実になっているということ。
すぐには信じられませんでした。「俺は『おまえのせいで・・・』なんていわれたくねーよ」と思っていたので、受け入れがたい真実でした。
でも、もー耐えられないと感じていたので、とりあえず受け入れることにしました。もし、「おまえのせいで」といわれることを自分で望んでいるとしたら、どんなメリットがあるのか? 考えてみました。
苦労したあげくに至った結論は「愛情に飢えている」ということ。どうやら、子どものころ「おまえのせいで・・・」といわれることが唯一の存在価値だと思ってしまったようです。ネガティブなことでも「おまえのせいで・・・」といわれることで、なんとなく生きる意味を感じてました。
そこで、19歳のときに、決めました。「ネガティブなアプローチをもらわなくても、自分は自分をたいせつにする。」そう決めてから、「きみのせいで・・・」といわれることがぐんと減りました。いわれたとしても、ほとんど氣にならなくなりました。
いろんな本やセミナーで、自分がかわれば世界はかわるし、自分の望むことが現実になっているといわれますが。このことがすなおにいま受け取れるのは、この体験があったからだと思います。
どんなにイヤな体験でも、つらい体験でも、自分の望んだことだと思うことができれば、よりゆたかな人生へとつなげることができると、いまでは信じています。そして、すなおに自分の望んだことだと受け入れることが、それほどかんたんでないということもよくわかります。
投稿情報: Kenji | 00:38 カテゴリー: 1.スピリチュアルな人生 | 個別ページ
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天竜寺にある雲龍図が5/11まで特別公開されているというので、先日、行ってきました。法堂の天井に竜が描かれてます。お堂の天井に竜が描かれているのはほかにもたくさんあると思うのですが、なぜか、こちらの竜はとくに有名なようです。
竜は伝説の生き物ととらえられたり、霊獣、神獣ととらえられたり、あるいは、古代のワニではないか・・・などいろんな説があるようです。けれど、子竜が描かれたのを観たことがないので、個人的にワニ説はどーかなぁと思います。
位置づけ的には、ヨーロッパでいうところの天使に近い氣がします。実在すると信じている人もいれば、実在しないと信じている人もいれば、どっちでもいいと思っている人もいれば・・・さまざまです。でも、なにかしらの氣づきをあたえてくれる。
そう思うと、実在するかどうかよりも、その思いや伝説といった刺激から感じる氣づきがたいせつなこともあるっちゅうことで。
投稿情報: Kenji | 20:20 カテゴリー: 1.スピリチュアルな人生 | 個別ページ
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