
「このイライラは、私が○○○をコントロールしようとしたり、△△△という期待のあらわれです。たったいま、私は、このコントロール・期待を手放し、解放しました。私は完全にこのことについて自由になりました。
これは、私の信念を拡大し、エネルギーを拡大し、世界観を拡大することになりました。このことに氣づかせてくれた□□□に感謝します。ありがとう。」
前記事の補足。
過去生が3代以上にわたって連続して男→男→男だった場合、
あるいは、女→女→女だった場合。
今生が男性でも女性でも、過去生の性別がつよく影響します。
人の意志を2つにわけるとすると、
衝動と行動。
「自分はこういう人間なの」というのがあるから、
「だからこうしたい、ああしたい」という衝動が起こります。
衝動とは、「わたしはこういう人である」という意志ですね。
「実際にこういう行動をとっている」というのは、行動の意志。
この2つの意志があるから、それに対応した結果を得ます。
会社を辞めたい、あるいはもっと自分らしい仕事がしたいなどの衝動と
実際に辞表を出すという行動が一致したときに「会社を辞めた自分」という結果を得ます。
過去生で連続して女→女→女を経験すると、
女性エネルギーがつよくなります。
逆に、男→男→男だと、男性エネルギーがつよくなります。
女性エネルギーとは、陰のエネルギー。
衝動のエネルギーです。
なので、感性ゆたかで、いまこの瞬間を感じて生きる欲求(エネルギー)です。
男性エネルギーとは、陽のエネルギー。
行動のエネルギーです。
なので、連続した行動をとりつづけようとする欲求(エネルギー)です。
だから、古い時代には、男性は獲物を探し、見つけ、捕獲し、持ち帰ることが好きでした。
そして、女性は、子どものようすを感じたり、料理の味を感じたりということを日々、その瞬間ごとにおこないます。
というわけで、男性は一度成功したらおなじ行動を繰り返しても苦になりません。
過去にあの場所でマンモスをしとめたとなれば、なんの疑問もなく、おなじ場所に出かけます。
たとえそれが成功してもしなくても。
女性は、昨日「美味しかった料理」を繰り返し今日もつくろうとは思いません。
昨日は、昨日。
あくまでも、いま、この瞬間になにを食べたいか、なにを家族に食べさせたいかが重要です。
もちろん、男性も女性も人ですから、衝動もあれば、行動もします。
ただ、その行動の裏側にどんな欲求があるのかといえば。
男性は、たんに行動したい。
女性は、行動することで感じたい。
というエネルギーをもっているということです。
女→女→女と過去に連続して経験して、今生も女性に生まれたとすると。
女性エネルギーの影響がつよい女性になる傾向があります。
かんたんにいうと、行動の欲求がうすくて、受け身がつよくなります。
意味もなく行動することへの抵抗が大きくなります。
「その行動によって、その瞬間になにを感じるのか」が重要になります。
女→女→女ときて、今生が男性だった場合もおなじく、
受け身な陰のエネルギーを放つ男性になる傾向がつよくなります。
いずれにしても、たんに行動することにイライラすることが多くなります。
自転車で琵琶湖一周したり、荷物を持ったり、山に登ったりなどの感受性をあまり必要としそうにない行動が億劫になります。
ただし、いったん、感受性が刺激されるということがわかると、
どんなことも楽しめるようになります。
男のなかの男が琵琶湖一周したら「俺は琵琶湖を一人、自転車で一周したんだ」
という行動を誇ります。
女のなかの女が琵琶湖一周したら「紅葉がきれいで。あそこで、やめてしまおうかと思って」
という瞬間に受けとった感情を語って楽しみます。
男性は誇って、女性は語って楽しむというのも、
エネルギーのちがいをよくあらわしています。
語ることですら、男性は誇るという行動をとるし、
女性は、語ることで楽しむ感受性をたいせつにします。
さて、エネルギーにかたよりがあることで、
イライラしたり怒ったりすることがある。
女→女→女とつづいた男性は、受け身のエネルギーがつよいので、
もっとやさしくしてほしいという欲求がわきやすい。
男→男→男とつづいた女性は、行動のエネルギーがつよいので、
もっと自由に行動させて欲しいなどの欲求がわきやすい。
そこで、こういうかたよりが、どうしてイライラを生んでいるのか?
エネルギーがかたよっていること自体はまったくもって善悪はありません。
そういう特性なだけです。
背が高い方が善で、低い方が悪なんてことがないのとおなじです。
ということはですよ。
女→女→女とつづいた男性が「もっとやさしくしてほしい」と思うことに善悪はありません。
たんに、事実です。
これが「どうしてもっとやさしくしてくれないんだ。こういうときは、こういうふうにしてくれてもいいんじゃないの!」となると、イライラとストレスと怒りが発生します。
女性エネルギーがつよい男性はやさしくされるべきである
なんてルールはどこにもありません。
でも、エネルギーが男性・女性のどちらかにかたよった人の場合、
こうしてもらって当然という思いこみがつよくなります。
それが、ストレスになっています。
わたしは、自分の過去3代、女→女→女だったとなんとなく信じてます。
やさしくしてほしい、受け身でありたいという衝動があってもありだと思ってます。
なので、実際に、やさしくしてもらえても、もらえなくてもどちらでもいいと思ってます。
ただ、たまたま、やさしくしてもらえたとき、
それは、当然のことではなく、
瞬間の奇跡だと感じます。
感謝、感謝です。
いや、マジで。
話をもどして。
やさしくしてほしいというエネルギーがストレスを生んでいるのではなく、
やさしくされるべきだという思いこみがストレスを生んでます。
自由に行動するぞというエネルギーがストレスを生んでいるのではなく、
どうして自由に行動させてもらえないんだという思いこみがストレスを生んでいます。
なにか(他人)をコントロールしたいという欲求がストレスを生んでいます。
「やさしくしてほしい」という思いは、自分1人で思えることだからストレスを生みませんが。
「やさしくされて当然」というのは、「どうしてあなたは、わたしにやさしくしないんだ」という他人をコントロールしようとする意識があるので、ストレスになります。
やさしくされてもいいし、されなくてもいい。
けれど、やさしくしてほしいと思うことは、自由だ。
そして、実際にやさしくしてもらえたとき、それは当然のことでなく、奇跡的なことだ。
ということ。
ながながと書きましたが、結局のところ、過去生がどうのこうのという話はいっさい関係ありません。
たんに、わたしが、過去生のことを考えたり本を読んだりして
インスピレーションをもらったということです。
意識とか、行動がかたよって、かつ、思いこみがあって他人をコントロールしようとしたとき
人はイライラしたり、怒ったり、落ち込んだりする、ということです。
他人をコントロールすることはムリだし、
できたとしても、一瞬の快楽でしかないから長つづきしないということ。
イライラしたときにチェックできることがあります。
・あなたのエネルギーが衝動か行動のどちらにかたよっているか?
・だれをどのようにコントロールしたいのか?
・どういう期待、要求、指図、思いこみがあるのか?
これを冒頭の宣言文の○○○とか、△△△とかに埋めればOK。
このことが、どうして「信念の拡大」につながるか。。。
というと。
「やさしくされて当然」というのは、おおげさにいうと、信念の1つ。
でも、じつは、それは当然ではなかった。
他人をコントロールしようとすることを手放すことで、
自然にこの狭い信念を手放すことができるのが、この宣言のミソです。
そしたら、手放した信念のかわりに、
それ以上の信念を受け入れざるを得ません。
はい。
よくできてると思います。
手放すってどうすればいいの?
とかいう質問はナシでなにとぞ。
ただ、宣言して、あとは宣言したことすらもわすれてOKです。
もし、宣言しても、おなじことでイライラする・・・
ということがあってもOKです。
イライラがなくなるまで、イライラがおこるたびに、
繰りかえせばいいんです。
NLPを体験したことがある人なら、
そのときのイライラとかコントロールしたい気持ちのサブモダリティを手放して燃やしてしまうとかいったイメージワークを宣言と組み合わせてもいいです。
約束します。
宣言のつみかさねが、いつかぎゅっと凝縮されて花開くときがきます。
幸か不幸か、すこしずつ状況がよくなるということはありません。
十分につみかさなったとき、とつぜん、なにかが開きます。
さなぎがチョウになるとき、少しずつ形状がかわるということがないのとおなじ。
台風のさかいめは、晴れ→小雨→大雨→暴風雨と移り変わることなく、晴れか、どしゃぶりかです。
ぱっと花開いてしまうと、
あとは、ながれるように、すべてがうまくいきはじめます。
半分ウソです。
うまくいくとかいかないとかすら、あなたにとってほとんど意味がなくなります。
あなたは、ながれるように瞬間の純粋な衝動をひろいあげ、
ながれるように行動してしまいます。
そして、ながれのなかで、結果を存分に楽しんでいます。
長くなりましたが、この記事がなんとなくたいせつだと感じたとしたら。
1回読んですべてを理解できなかったとしたら。
なんども納得いくまで、読み返していいんです。
とか、簡潔な文章を書けない自分にいいわけを
し
つ
つ
フ
ェ
|
ド
ア
ウ
ト
。
※冒頭写真は、長野県松本付近の紅葉。
最近のコメント