所有することで過去の文明は退化しています。
王様だからいいものを食べて、いい暮らしをする・・・
長(おさ)だから部屋が広い・・・
とか。
コーラの瓶1つ所有しつづけることで、1つの村が崩壊するだけのパワーがある。
(※コイサンマン参照)
もう少し厳密にいうと、所有に執着することで文明は退化する。
歩きはじめたばかりの子どもが、
「これはわたしのもので、これはあなたのもの・・・」と考えるでしょうか。
子どもにとって、見るもの、聞くもの、触るもの
すべてが遊び・所有の対象であり、わかちあう対象です。
歩きはじめた幼い子どものわかちあいには、所有の本質があります。
そのへんの引き出しをあけて、
なににつかうのかわからないようなものを引っぱり出してきて、
しばらく遊んだら、「はいっ」といってだれかにわたす。
所有することはちっともわるいことではありません。
むしろ、あなたがほしいと思ったものは、すべてあなたが手にしていいものです。
だけど、すくなくともこれから所有するものに翻弄される必要はありません。
いま所有しているものに執着する必要はありません。
そして、所有することに執着すると退化します。
所有しつづけるエネルギーがあなたの自由を奪うから。
もしかしたら、求めたり、探したり、
あるいは引き寄せたり、試したりする必要すらありません。
あなたの信念と行動によって舞い込んできたハッピーを受けとって遊べばいい。
・・・なのに、いつのまにか、
「それはお父さんのだから触ると怒られるよ」
「それは高価なものだから遊んじゃダメ」
「それはほかの子のものでしょ」
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いったい、おとなたちは、なにを根拠に所有という概念を利用しているんだろう?
「そのもの」が「その人とつながっている」ことをなにが証明してくれるんだろう?
容易に触れてはいけないのは、伝説の聖剣とか玉手箱とかだ。
所有にとどまることは、幻想にすぎない。
所有は日々、通過して変化するものです。
そして、うれしいことに、あなたが望んで必要なことは、
すべてあなたが手にしていいということ。
「そのもの」が「その人とつながっている」ことの唯一の方法は、
あなたがそれを確信すること。
だから、執着せず受けとって、遊ぶこと。
だって、それは、あなたが受けとって当然のものだから。



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