わたしは、
ちいさいころから、
なにかに熱中してやりつづけた・・・
という記憶がありません。
そこそこ学ぶと、
ふむふむそういうことか・・・
と思って次の興味あることに目がいきます。
鉄道でも
フィギュアでも
アイドルめがねでも
語学でも
なんでもいんだけど。
熱中して継続している人に
あこがれみたいなものを抱いてたこともあったりして。
でも、
あるとき、思いました。
新しいことをやりつづけてみよー
うん、相談しよう。
そうしよう。
と。
それが、正解かどうかわからないけど。
そう。
信じるものは、すくわれる。
ともうしまして。。。
信じてやっているうちに、
新たな信念に氣づくことはたくさんあるだろうし。
大好きなことがまだ見つかっていなければ、
いま、やっていることを大好きになってやる。
それは、きっと真実だと思ってます。
ちょっと、話はちがいますが。
この人は自分のことをほんとに好きなんだろうか?
と思うまえに、自分がその人のことを好きになることだと思ってます。
どうやって愛すればいんですか?
と聞く前に
愛は方法や手段じゃないから、
たんに、目のまえの人を大切に愛をもって接すればいんだと
思うとか
思わないとか。
NLPの前提に
つねに人は、最善をつくしている
というのがあります。
だから、あとは、結果も最善なものがおとずれているんだと
思うとか
思わないとか。
とはいえ、
とはいえです。
それじゃ、抽象的すぎてわからん。。。
というのもごもっとも。
わたしの出身地では「鬼は〜〜〜そと〜〜〜福は〜〜〜うち〜〜〜」と一人がいいながら豆をまくと、もう一人が「ごもっともごもっともごもっとも」といいます。
なにかを大切にする
大好きなことをする
そのための第一歩は、
「もし、自分がそれを大好きだったらなにをするだろう?」
ということ。
ビジネス書によくありますよね。
「もし、自分が金持ちだったらどんな行動をするだろう?」
って。
それとおんなじです。
「もし、自分がこれを大好きだとしたら、まずなにをするだろう?」
ってことです。
ここで、実際にたいせつなことは、
量ではなく質だということ。
大好きなことをしているひとは、
イキイキしてる
わくわくしてる
真剣である
っていうのは、質。
ありかたといいかえてもいいですね。
大好きなことをやってる人は、
長時間働く、
っていうのは、量。
金持ちは、
お金に感謝している
お金に悪意を持っていない
必要なものを見極める
というのは、質。
金持ちは、
1,000万円使う、
財布に100万円入っている、
ベンツに乗っている、
とかっていうのは、量。
量をまねるのは、限界があるし、
そもそも、まねても望む効果が得られないことが多い。
ま、
どこまでが質でどこまでが量かは、はっきりと区別できないこともありますが。
それでも、
いま、やってることに行き詰まったり、迷ったりしたら
「もし・・・」
と問いかけることにはおおいに意味があると
思うとか
思わないとか。
最近のコメント